黄金羊の観劇記

観劇・映画・読書の感想を好き勝手に書いてます。東宝・宝塚・劇団四季中心、海外ミュージカル(墺英米)贔屓、歴史好き。

「大奥」19巻感想 〜人生で一番面白かった漫画(暫定)〜

 よしながふみ「大奥」。完結しましたね。

連載期間は16年だったそうですが、大人になってから始まった連載だったせいか、個人的には始まってから終わるまでそれほど長かったという印象も、完結まで待たされたという印象もなく。休載になってコミックスが長年出ないということがなく、最低でも年に1冊は出ていたおかげかもしれません。

つまりこの題材・内容の大作を、連載を長期間休んで充電することもなくコンスタントに描き続け、描き上げて完結させたということ。それがまずもう凄いなと打ちながら思いました。

 

この漫画、今まで私が読んできた中で一番「面白い」と感じた漫画です。

あくまで現時点(2021年3月)でのもので、今後これより面白いと思う漫画に出会うかもしれません。出会わないかもしれません。

「大奥」よりも面白いと思う漫画に将来私が出会うとしたら、それもよしながふみ作品である可能性が高いと思う。

 

よしながふみ先生の漫画はどれも面白いですが、この「大奥」は登場人物たちの発する台詞の重さ、命の宿り方、言葉の力の強さ、考え方の幅の広さ、悲劇的人生からくる感動の深さの点で、現時点で著者の最高傑作だと思います。

漫画界全体の宝、稀代の名作だとも思いますが、それは私が個人的によしながふみ先生の考えや視点、問題提起が胸に残る点が多かったせいかもしれません。共感出来る人物が多かったことを差し引いても、全体として「考えさせられる」内容がとても多く、自分の価値観を見つめ直すきっかけになる台詞や内容がとても多かった、つまりこの本を読むことによる収穫が多かったので。

 

キャラクター達はよしながふみの作り出したSF江戸時代を生きているのですが、特に読者の感情移入対象とされているメインキャラ達の頭にはよしながふみ回路が搭載されているので、皆聡明で理知的で視座が高い。

鎖国された国の中で「世界の中の日本」という立ち位置で日本の状況を見ながら政治的判断をしていくキャラクター達は特にこの作品の特徴だと思います。家光の頃は驚きましたが、吉宗の頃には慣れてきた。私は大河ドラマはほとんど見ないのですが、この視点から物を語っている江戸時代の劇中人物は初めて見たので、とても驚きました。「史実でのこの人は、本当にこんな事を考えていたんだろうか?」という疑問を最初は持ちましたが、そんなことはどうだっていいのだった。忘れていた。そうこれはよしながふみ先生の物語。キャラクター達は時によしながふみ先生が言いたいことを言わせるための駒になるのだから、先生が「このキャラにこの台詞を言わせたい」と思ったとしたらそれは史実よりも優先されるし、作中で「このキャラならこんなことを考えていても不思議ではない」キャラならそれで何の問題もない。

最終巻では若干食傷気味になりましたが、この「世界の中の日本」の視座は最終的に男女逆転大奥をなかったことにする為に幕末明治に使われる手段なのだろうなと当初から分かっていましたし、こういうことを考え語り合う江戸時代の人物達は目新しく面白かった。

 

 

登場キャラクターでは14代将軍の家茂が一番好きでした。まさか終盤にこんな爽やかで素晴らしい人格の将軍が出てくるとは思わなかったし、最終的な読後感の良さに大いに貢献していると思う。

 

大奥には様々なカップルが登場しましたが、カップルとしても家茂と和宮が一番好きでした。家光と有功、綱吉と右衛門佐、家定と胤篤などももちろん好きで、各巻のメインを担っているキャラとその片割れには毎回大いに感中移入して泣いたり笑ったりしましたが、最終的にはカップルとは呼べないかもしれない家茂と和宮の二人の間に生まれた絆、二人のお互いを想い合う心の強さ、そしてその想いによる人間としての成長と芯の強さに一番感動した。

 

よしながふみ先生が家茂に出させた「夫婦と親子」に関する結論(「信頼し合う相手とならば、血の繋がりなどなくても家族になれる)は、血の繋がった子供を産まなければならないこと、それによる不幸と悲劇が描かれた家光編・綱吉編という積み重ねがあったからこそひときわ輝いたし、大河ドラマの醍醐味を感じました。

作中で連綿と引き継がれてきた「女将軍」になった最後の人物である家茂がこの結論に至り、過去の人物達が囚われ涙を流してきた呪縛からとうとう解放されたことの、なんと尊いことか。自分の考えを自由に表に出し、和宮と手を取り羽ばたくことが出来た家茂に比べ、振り返ると家光や綱吉が気の毒で仕方なくなってしまう。

 

台詞として一番印象が強かったのは、6巻の右衛門佐の「生きるということは!!」ですね。19巻まで読んで、胸を打たれる場面や台詞は数多くありましたが、この台詞に一番魂がこもっていたように私は感じました。よしながふみ先生の渾身の叫び。6巻発売当時も今も子供がいない私はこの台詞に大いに頷き、泣かされる。

 

19巻のクライマックスは江戸城明け渡しに関する交渉シーンだと思いますが、

事前に勝海舟

「新政府軍だってわかっているはずなんです

徳川の真の宝とは四百万石の領地などではなく 

百万を超す民の暮らすこの江戸という都市そのものであると」

と言わせた上で、和宮が「上さんが心から愛した民と町」「この江戸の町だけは傷一つ付けんといて」と言い、自らが身体を張って江戸の街を守った場面。

女将軍とその周囲の人達が流してきた血と涙は無意味なんかじゃない、子を成せなかった女将軍達の人生も無意味なんかじゃない。だって彼女達が二百年に渡って引き継ぎ育んできた、この江戸という町があるのだから。そしてそれこそが日本の宝なのだからと。

これがこの「大奥」という物語が積み上げてきた大きな流れの帰結で、筆者が描きたかったのはこの場面と解釈だったのかなと思いました。

そして物語の最後には、最後の女将軍と彼女が大切にした人との絆によって、その江戸の町が火の海になることを免れ、無傷で存在し続けることになった。

各人物の人生で区切らず、「大奥」という存在が生まれてから消えるまで、それが担った意義と役割についての物語を考えると、極めて美しく、救いのあるラスト…というか、ハッピーエンドでした。

最後の花見の場面、和宮が清々しい顔をしていて良かった。

最終回で胤篤が救われて良かった。

最終話の表紙を飾り、大奥を締めるに相応しい二人でした。

そして瀧山も助かって本当に良かった。(最初読んだ時はびっくりしました…)長生きしてください。

 

出来れば最終巻で、天国で幸せそうに寄り添っている家光と有功、綱吉と右衛門佐、更に青沼や田沼意次、平賀源内達の楽しそうなの姿などが1コマでも描かれていれば更に読後感が良かったと思うので、完結に当たりそこだけが残念。欲張りですかね。充分素晴らしい最終巻・最終話だったとは思います。

(余談ですが、よしながふみ作品の中で最終巻の最後のページのインパクトが一番強かったのは、今のところ「西洋骨董洋菓子店」です。よしながふみ作品はどれも面白く、完成度も高いですが、まとまり方はあれが随一だと思う。読み返した時、1巻1話冒頭から伏線が張られていて驚いた)

 

よしながふみ先生、16年間本当にお疲れ様でした。素晴らしい作品をありがとうございました!!!

きのう何食べた?」の続刊と、「大奥」の次の新作も楽しみにしています!