黄金羊の観劇記

観劇・映画・読書の感想を好き勝手に書いてます。東宝・宝塚・劇団四季中心、海外ミュージカル(墺英米)贔屓、歴史好き。

ミュージカル「レベッカ」感想

 

<2026/6/22(月) 13時公演 1階12列一桁番台後半センターブロック@東急シアターオーブ>

 

レベッカ見てきましたーーーーー!!!!

最高最高最高最高最高

ありがとう最高

全員良かった!!!全員良かったけど彩乃ベアトリス豊原私そして海宝マキシム、ブラボーーーーー!!!!最高に良かったありがとうありがとう!!!!!

 

豊原私と海宝マキシムまじでありがとう最高。

こんな私とマキシムが見たかった。

歌よし演技よし外見よし文句なし。

豊原私、歌が上手い声が可愛い歌が上手い声が綺麗歌が上手い顔可愛い歌が上手い可憐歌が上手い。期待していたけど期待以上に素晴らしいキャスティング大勝利大正解。

若くて小さくて可愛くて可憐で守ってあげたいのに歌がバカうまいので、「可憐だけど芯はしっかりしている強キャラですね」と一瞬で理解できる。違和感なくすべてを説明できる。この可憐さ素直さ可愛らしさ声の美しさにはそりゃマクシムも惚れると納得しかなくて話が早い。そして二幕での覚醒展開も織り込み済みの歌の上手さ。間違いなく彼女がこの物語の主人公。正統派ヒロイン。理想すぎるありがとう大好き。

マキシムの打ち明け話を聞いてからの私の覚醒、今までは「私がマクシムを守らなきゃ」と母性本能に目覚めた人みたいな理解だったんですが、今日見てると「マキシムはレベッカを憎んでいた。マキシムは初めて会った時から、本当にずっと私を愛していた」と知って、自分と彼との間の愛に疑いが消え、自信が持てたから態度がしっかりしたように見えたな。マキシムはレベッカを好きで忘れられないんだと思っていたけど、彼は本当に自分を愛しているのだと知って、内面に揺るぎない芯が確立した。自分が世界一好きな人が、自分のことを世界一愛してくれてるんだから、もう何も怖くない、最初からどうせ何も持ってなかったんだから、私はこの人さえいればいい、この人を私が守る、みたいな。

最初から地位にも財産にも執着してないからマンダレイ燃えても当然どうでもよくて、ラストシーンで私とマキシムが二人寄り添って歩き去る後ろ姿、少し寂しい雰囲気はありつつ、でもやっぱり幸せなんだろうなと思ったなあ…。

マキシムがやったことと二人して罪を隠したこと考えたら現代倫理的にはちゃんと裁かれないといけないんだけど、時代背景もあるしスッキリ見れてしまったな。

 

そして海宝マキシム。ウヴェが宿ってるんかと思った。日本語なのに一瞬聞き間違えた。神よ何故、あの超絶技巧の切り返しを完璧に仕上げて歌い上げてくれてありがとう。

海宝くん、今まで歌も演技も上手いんだろなと思いつつ真にそれを実感して味わう機会がイマイチなかったのですが今日見たマキシムが私が今まで見てきた海宝くんの役の中で一番歌の上手さと演技のうまさを味わえてる。演技も最近。最初からその場面場面で何を感じて何を考えて行動してるのかめちゃくちゃわかりやすい。

こんな私ならそりゃマキシム惚れるよねという私と、こんなマキシムならそりゃ私も惚れるよねというマキシム。なんて応援したくなる素敵カップルなんだ。開始5分で物語一編分くらいの充実のラブストーリー見せてもらって、あれこの物語もう終わるんか?ハッピーエンド?ありがとう!となる密度。すごく…あしながおじさんです!!私はレベッカを見にきたと思ったらダディロングレッグズが始まったかと錯覚する海宝マキシムと豊原私の純愛あしながおじさんぶり。5分で終わるダディロングレッグズ。ありがとう良いもの見せてもらった!!末長くお幸せに!!えっまだ続きを見せてもらえるんですか!?

お互い天涯孤独の身の上(マキシムにはあんな良いベアトリス姉を忘れんなよと小突きたくなるのは置いといて)で孤独を感じているところに相手に出会って惹かれて初恋だったんですねとわかりやすい。初恋同士やん可愛い!!!!!幸せになれ!!!!

初見の人にはなんなのかわからない演技もあるかもだけど、2回目以降か原作読了済みで設定を知ってる人間には「どうしてこの場面でその表情なのか」が全部納得できるわかりやすさ。逆に初見だと「なんで今そんな顔してんの?」とわかりやすく思えるマキシム。本当にわかりやすい、観客に届けるべき情報がきちんと届く演技をしている正統派マキシム。

レベッカは絶対2回見ないとアカン演目やなと改めて思わせてくれるマキシム。マキシムはレベッカを全く愛してなくて憎んでいたと知っている状態で最初から見てるとマキシムが私に惹かれる理由がよくわかるので感情移入できるんだなあ。

40代で初恋やってるように見えるマキシム、二次元の存在として可愛い(現実にいたら妻をアレした過去を隠されて結婚されたら嫌すぎるが)。

全部顔と態度に出してくれてて本当にわかりやすい。二幕最後、レベッカの幻影に恐怖と驚愕で目と口をかっぴらいた表情、ライティングの加減で目の下に隈まで出来てた最高。

 

主役二人がすごく感情移入しやすく応援しやすいキャラクターでカップルだったので、ラストが綺麗なハッピーエンドに見えちゃったな…。

ダニーもマンダレイもレベッカに呪われ過ぎてるから早くそんなとこから逃げるんや!!と手に汗握る観客の願望を綺麗に叶えるマンダレイ消失。良かったねあんな場所から解放されて…と思ってしまう。

 

うーんでもラストのダニーのセリフは前の方が良かったな。

「マンダレイなど消えてしまえ」的な台詞になってたけど、ちょっとスケールダウンしちゃった感があった。その後の火事の驚きがなくなってしまうし、ダニーの動機がはっきり説明されすぎてしまっていて。

今回の再演、全体的に話がわかりやすく観客に親切になっていると思ったけど、ラストは(よく覚えていないけれど)前までの演出や台詞の方が、余韻や想像の余地があって好きだったと思う。

 

舞台にレベッカ本人は登場しないし原作でどう語られてるか知らないけど、私はレベッカもダニーと同等のクレイジーサイコ百合で、ダニーのことを愛していたけど身分違いだし同性だしダニーは自分を神格化して崇拝してるしであえて両片想いを貫いていた設定だったら一番楽しいし萌える派です(解釈の自由を行使)。

結婚前から、それこそ小さい頃からずっとダニー一筋だったけどどうあがいても結ばれないのでダニーの理想の「イギリス一の完璧なレディ」になり自暴自棄に男漁りしまくりつつダニーの前ではダニーの望む完璧な奥様を演じつつ内心虚しすぎて泣いてるような女だったら大好きですねレベッカ。ダニーのあの重すぎる愛に釣り合うような重さと深みのある女だったらいいのにとレベッカに求めてしまう。

 

それにしてもマキシムはなんでこんな恐ろしくて反抗的な家政婦長を雇い続けていたんだろう。レベッカの死後即解雇すればよかったのにと思ってしまう。私が来るまで表立って反抗的な態度には出ていなかったとしても、ずっと無言のプレッシャー感じていたろうに。

 

レベッカ死後のダニーは何をしたかったのかというのも、なんか今回スッキリしたようなしなかったような。多分これも役者さんによって解釈や印象が変わるんだろうな。

ダニーって完璧で賢い女に見えて、やってること別に賢くもないし愚かなんだよなあ。

私にダニーと同じ仮装をさせたのは、私に皆の前で恥をかかせてマクシムに嫌わせてマンダレイから追い出そうとしたのかなと初見の時は思っていたけど、私がダニーの指示であのドレスを作ったなんてこと私がマクシムに話せばすぐにバレるんだから、自爆にしかなってないよなあ。

それでも私を騙してあのドレスを着せたのは、純粋に「死んだレベッカが「私」に憑依し、身体を乗っ取ってマンダレイに帰ってくる」という奇跡を願っていたように思える。

去年の仮面舞踏会を再現することで、一瞬でもいいから、レベッカが帰ってきてくれないかと。ダニー、めちゃくちゃ強気で傲慢に見えるのに内心ガラスみたいに繊細でずっと泣きながらただひたすらレベッカを待っていた…?嵌めようとしたというより、私をレベッカが帰ってくるための憑代に仕立てようとしたように見えた。

「帰ってきて」って、最初から最後までずっと言ってるし、ダニーの中ではひょっとして私を陥れてやろうとか追い出してやろうとかいう策謀は、私の存在が気に食わないからやってはいるけど本音ではどうでもよくて、本当は私なんて眼中になくて、ただひたすらレベッカの方だけを向いて「帰ってきて」と呼び続けていた…?私を追い出したかったのも、後妻なんかがここにいたらレベッカが帰って来られないから…?後妻が消えればレベッカが帰ってくると夢見て私に自殺を強いた…?初見時は「愛するレベッカの存在を否定する存在である私の存在が許せない」のかと思っていたけど、なんかある意味もっと単純そうな何かを感じ…。

 

レベッカとダニー、噛んでも噛んでも味がしそう。スルメ。

 

石井ファベルはびっくりするほどスタイル良くて手足長くて魔の男って感じだったし、

吉田ベンは「吉田広大の無駄遣いでは!!??」と思ったけどバッチリ上手かったので満足。

彩乃ベアトリスは歌がうまくてびっくりした。あれ?彩乃さんてこんな歌うまかったっけ?豊原私とのデュエット良かったなあ。

 

やっぱり原作本読むべきかも!!買おう!!!(決意)

 

ミュージカル「アーネスト・シャクルトンに愛されて」感想

<2026/6/17(水) 14:00公演 1階K列10番台後半サイドブロック@東京芸術劇場シアターイースト>

 

はーい!今回はこちら!
「アーネスト・シャクルトンに愛されて」見てきました!!
「時のかなたの恋人」という小説が好きだったので、似たようなものかな?と期待
1幕100分ものだということなので、サクッと軽く楽しく見られるかな?と期待して行ってきましたが!

 

…うーん?
悪くはなかったけど、そこまで良くもないかな…という感想。

 

舞台に出てきたアーネスト・シャクルトンが思ってたキャラとなんか違って、自分の名前を連呼する若干鬱陶しいテンション高めの濃いめヒーローだったのは、なんか物珍しくて良かった。
現実に隣にいたら確かに惚れてしまいそうな生命力と精神力。強い。現代人が持たない圧倒的な心身の強さ。
お歌はもう全然歌えてないんですけど、それでもあまり気にならない愛嬌があるシャクルトン。
だってなんか…可愛いよ!!素直でバカで底抜けに楽観的で頼もしすぎる男に女神のように崇拝してこられたらそりゃあ女は絆される!!!あの男は可愛い!!!

 

お話は、史実のアーネスト・シャクルトンのことを全く知らなかったので、一体どうなるのかとずっと心臓を縮み上がらせながら見ておりました。
無事に南極を脱出して、生き延びられて良かった!!もう本当に良かったよおおおおおおおお。(安堵で泣きそうになった)

 

ただ、このお話の内容全部が、言ってみれば
アーネスト・シャクルトン(実在)の強火オタ夢女子が書いた夢小説だったんですよね。

すべてが白昼夢だったので潔かった。
わきまえているオタの夢想演目。

 

思い返すだに、脚本があまりにも主人公に都合が良い夢女子すぎてむず痒い…悪くないんですけど、あまりにもご都合主義すぎて…!!
いくらなんでもあの設定の平凡で特に才能もなさそうな主人公にあんなヒーローが現れるかいと思ってしまう…!!
キャットの音楽の才能や音楽の良さに対する説得力がなかったので(契約切られてるし)。
そこをアーネストが否定して、君の音楽は素晴らしい才能がある、と言ってくれるからより一層嬉しいのはわかるけど、才能を認めてくれたアーネストは別に音楽の専門家ではないし。
その後アーネストのために作った曲とか、アーネストと一緒に歌った曲とかを現実世界で発表したら大ヒットしてキャットの人生が変わった、というラストにしてくれたら個人的には良かったな。
(それならキャットには本当に音楽の才能があったことなるし、アーネストと出会った意味もより大きくなるので)今のラストだと、アーネストはキャットの自立というか、夫と決別する勇気と行動力をくれたけど、それだけにとどまっていて見えて、それはそれで意味がないことはないんだけど、ちょっと変化のスケール小さくて、100分使って描いた物語の結末としては物足りないなと。

 

ウェイトレスとかこのシャクルトンとか、序盤で子供を重荷に感じているシングルマザー主人公にはあまり共感できないので、そこも見ていてしんどかった要因。(不妊治療してまで子供を望んだ側の人間なので)

 

もし再演があれば、別のキャストさんで見てみたいな〜と思いました!
(キャストが変わればまた印象が変わりそうな舞台なので)

 

 

 

舞台「G7 Government side」感想

<2026/6/14(日) 18:00公演 2階席A列10番台前半 @三越劇場>

 

「G7」見てきました。

思てたんと違う…

思てたんと!!!違う!!!!!!!

 

本編の感想はネタバレ禁止なので何なら言っても大丈夫なのか迷う。

とりあえず、私はこのタイトルとポスターを見て、先進国首脳会議という難しい題材を正面から扱う真面目な社会派政治劇を見られるのかと、夫に頼んで家庭を調整して夜抜け出してソワレワクワクして珍しくソワレを見に行ったのですが、そこまで頑張って見るような内容では特になかった、というのが個人的な感想。

 

音楽の使い方は思った以上に良かった。

まさかアメイジング・グレイスを耳にするとは思わず…そして正しい、ものすごく正しい使い方、なんだけどおおおおおおおお!!!!!おい!!!!!!

鼻水出るくらい笑かしてもらったので見に来た甲斐はあったかと思いますが、胸にコンチクショウ感は残りました。

エレベーターが閉じる場面、

「製作者!!!謝れ!!!!トキに謝れ!!!!!

と憤激しながらバカ笑い。

あの場面、北斗の拳へのオマージュだと私は思ったけど、実際のところどうなんだろう。

 

色々引っかかりはあったのですが、一番はなんだろう…意外と衣装とヘアメイクだったかもしれない。

欧州委員会の面々の衣装と髪型にどうにも違和感があり。他の登場人物も、胸元の大きなリボンとか気になって…テールコートを着ているのはわかるけど、リボンは何かの象徴なのだろうか。

 

役者さんたちの呼吸法、発声、滑舌、身体表現のどれも普段見てる舞台とレベル感が違って、私が普段見ている舞台は気持ちよくお金を払える程度にプロの仕事を見せていただいているのだなと思いました。

舞台の上の役者を見て脳が叫んだ第一声が

「呼吸法!!!!!!!」

だった。腹から声が出ていない…発声がちゃんとしていない衝撃。

自分の口から出す声はすべて意識的に全力で統制して空気に乗せて欲しい、とむず痒く感じた。発声法の訓練を徹底するという劇団四季は正しいんだなと思いました。

動きの一つ一つも「全身を筋肉で統制し、必要な動きを計算してそれを表現している」感が全くなく、演技をしようとしている感があるだけの一般人のようにしか見えず、題材とのミスマッチを感じました。

そんな存在感の軽い各国首相がおるか。
首相達も酷いけど欧州委員会の面々はさらに酷かった。存在も動きも言葉も軽く、場違い感がひどい。あんな存在の軽い人間が欧州委員会におるか。あんな若くて政治も何もわかっていなさそうな子たちがG7の会議を主催などするか。もっと落ち着きと演技力がある大人をキャスティングして欲しかったなあ。

まあ、創作の参考にするならこの劇を見るより本物のG7をニュースで追いかけた方が良い。それはそうでした、そうですね、という気づき。

オペラを見ると「歌うま!!」と思い、ストプレを見ると「演技、うまッ!!!」と思うことも過去多く、ミュージカルはダンスも加えて総合芸術で全部やらなきゃいけないからやっぱりその道の求道者達には及ばないところあるよね…と思っていたけど、全然レベル高いのかもしれない。

先日見た「BOOP!」ってやっぱり演者演出のクオリティは高かったんだな一流だよな、とG7を見て思いました。

 

あとはやっぱり脚本。脚本に対するガッカリがものすごい。
かなり無理がある。強烈な肩透かしと矮小化が酷い。
意外性を狙うのはわかるけど、真面目に正面からG7を取り扱う力量と覚悟はなかったんかい、と思ってしまった。

文化庁の子供舞台芸術鑑賞体験支援事業に採択されているんだから、子供にとって親しみやすいだけじゃなく、G7というものを見せてほしかった気持ちもある。

そして、G7に裏の意味を持たせてしまったがために、G7の会話の大部分が、言葉の解釈にかなり無理のある内容になってしまっていた。

本気で観客を騙して二重の意味を持たせにいくなら、キャラ達に話させる言葉は「G7」に見せかけるための言葉をもっと減らし、裏の意味の彼らがもっと使って自然な言葉を多くするべきだった。彼らの本来の姿がわかってから今までの彼らの会話を振り返った時、意味が通らない部分が多すぎる。G7の皮をかぶるための欲を張りすぎているし、彼らの問題を私たちの問題と重ねるのも無理がありすぎる。

思いついたネタを通そうとして四方八方に穴が空いている感じ。

 

それと、今回ファンからの差し入れ?のお酒やお花を、名前を出して舞台上で取り上げて紹介するタイプの演目を初めて見ました。

一番のノットフォーミー要素はここだったかもしれない。

すごくホストクラブみを感じたので。そしてそれは私が触れたくない、関わらずに生きていきたい世界と空気なので。こういうことをする舞台もあるんだなあ、と勉強にはなりました。

 

今回の観劇の一番の収穫は三越劇場での観劇体験でした。

三越劇場に来たのは初めてだったのですが、劇場内部の空間が他にない独特で重厚な雰囲気で、旧帝劇や日生劇場にもピンと来ていなかった私が「ここはなんかすごい」と直感。

竣工1914年の重要文化財と知って納得。

 

三越劇場、一階最後列からの視界こんなんで、2階席がめちゃくちゃ低いところにある。

こ、これは2階席最前列はいわゆる昔の貴賓席、特等席の劇場…!!

2階最前列で見たのですが、案の定視界良好でした。手すりもめちゃ低かった。

 

三越は夜景も綺麗でした。

 

三越劇場にはまた行きたいけど、もし今まで縁がなかった理由が、普段上演しているのがこういう演目だからなのだとしたら、今後も縁がないかもしれない。

三越劇場はまた観劇したいんだけど…!!東宝やホリプロがここの劇場でミュージカルやってくれたらすごく嬉しいのになあ。無理なのかなあ…。

 

ミュージカル「BOOP!」感想

2026/6/11(木) 13時公演 S席1階18列20番台前半センターブロック@東急シアターオーブ>

 

フォロワーの感想を見かけ、急遽ねじ込んで見て来ましたBOOP!

 

最初から「内容はない」と把握してショーを見るという気持ちで見たおかげで、純粋に良さだけを堪能しました。

「ディズニーのショーが好きな人、ビッグバンドビートやクラブマウスビートが好きな人にはおすすめ」と教えてくれたフォロワーまじでありがとう大感謝。

 

すごく目に幸せな演目でした!!!

カラフルって幸せなんだな!!カラフルはハッピー!!

音楽特に耳に残ってないけど、ほんと華やかで見てて楽しい場面ばかりだった。

ほぼどの場面も良かったけど、二幕最初の場面が一番良かったな!!白黒とフルカラーであちらとこちらを表現する手法すごく良いなと冒頭から思っていたけど、衣装の前と後ろを白黒とフルカラーにしてくるくる世界を入れ替えるこれは白眉!!発想の勝利!!舞台演出の面白さの本領発揮ですんばらしー!!

とりあえずクオリティ高い華やかなショーを見て気分上げて元気になりたい!って時に最高の演目がまた一つ増えました!

 

内容は無いというか、しばらく前に映画「バービー」を見ていたのであんな感じかと思っていた。ちょっと違ったけど作中のテンションや雰囲気は似ていたかな。ただ、ミュージカルとして作られているBOOP!は各場面の魅せ方、演出やセットの使い方が上手くて完成度すごく高い。見せ物としてハイレベルだった!!

 

バーレスクは映画もミュージカルも見たことないけど良い演目なんだろうなぁとは思っていて、中止を知った時残念に思ったけど、それからこの短時間でBOOP!を代打決定から稽古から開演にこぎつけてこのクオリティで上演しているスタッフキャスト関係者全員有能すぎると思います。

 

主演の礼真琴さん、歌もダンスもお芝居もめちゃめちゃにうまさを感じた。素晴らしい。あれ?生で見たの初めてだっけ??素晴らしかったです!!

このベティーちゃんを完璧に型にはめて演じきっていてすごい。

コメディ場面の演技のテンポの良さ、オンオフの切り替えというか、メリハリの付け方がめちゃめちゃ良い、上手い。

ベティーちゃんというキャラと礼真琴さんというキャラが衝突していて勿体無い、という意見を見かけたんだけど、初見?なのでとりあえずパフォーマーとしての礼真琴さんの素晴らしさは分かった。

そして演技の解釈の幅がある、深掘りできる人間はどんなふうに演じるのか見てみたくなった!礼真琴さんを追っかけたくなりました!!

私が見た回は宝塚ファンの方が多かったのか毎回そうなのか、礼さんや柚希さんの登場時に拍手起こっていたんですが、おかげで会場の熱気も高くて、それが伝わっているのかキャスト陣全員好演していてとても良い舞台空間になってました。生観劇楽しかった〜!!

 

キャスト全員良かったんですけど、久々に見た東山さんの動きが目を疑うキレキレぶりでもう本当に見ていて眼福でした。キレキレの人の素晴らしい動き見るの大好き!

 

鈴木瑛美子ちゃんの歌も素晴らしかった!

トリーシャをベティーオタにした設定好きだな。なるほど確かに二次元キャラが現実に来た時に出会う人間をそのキャラが大好きなオタクにしておけば協力するのも自然だから話が進みやすいし、何より協力者になるオタ自身がハッピーでウィンウィンで見ていて楽しい。

 

BOOP!、モダンミリーを更にブラッシュアップして完成度を上げた感じの演目という印象。

現代ニューヨークの雰囲気、現地上演の様子を頭の中で想像できたらより違和感なく見られるかも。

モダンミリーの廣瀬社長みたいな人で今回渡辺市長候補がいたんですが、渡辺くんもほんと昔に比べて歌も演技も上手くなったなあ〜!!「自分は今ここでこの動きで笑いを取る!!」っていう動きをしっかり意識してやれてて、上手くなったなと。(笑いをとりに行く部分の演技を細かく見がちな関西人)

 

苦労を乗り越えたている文脈を知っているので余計に、舞台のクオリティや役者さんたちの演技の熱が高ければ高いほど感動が大きくなりますね。

 

内容的に「1回見れば十分かな」と思う演目ではあるけど、1回見といて良かった!楽しかった!!となれる作品でした。

ただ、昨今のチケット代金S席16000〜17000円を払えるか、払う価値があるかと聞かれるとちょっと困りはするかも(座席ガチャ要素のあるオーブなので更に)。

25〜30分くらいの短縮版を作成してディズニーシーのブロードウェイ・ミュージック・シアターでロングラン公演すれば毎回満席大人気の神公演になるのでは?と思うのですがどうでしょう。

個人的には、こういう華やかで深い内容はないショー演目は、短時間&低料金でさっと見て元気になりたい作品だなあ。15000円〜を払いたいのは、見ることが深い内省に繋がる、人間理解や哲学的考察に繋がる演目なので。

 

ともあれ、本当に良い舞台でした!!

上演してくださってありがとうございました!!カンパニーに拍手!!!

 

ミュージカル「メリー・ポピンズ」2026年版感想

2026/4/10(金) 13時公演 S席1階18列30番台後半サブセンターブロック>

 

今過去記事を見返したら、メリー・ポピンズの日本初演の感想を残していない!!??何故!!??バカバカ私のバカーーーー!!!

 

というのは横に置いといて、再再演。見てきましたメリー・ポピンズ。

今年の観劇ベストかもしれない。

素晴らしい舞台は毎回見るたびに発見があるけど、今回も新鮮に面白くて感動しました。

メリー・ポピンズ、あまりにも素晴らしいミュージカル。特に、半ばショーストップになったスパカリの場面。音楽も、歌詞も、役者も、舞台美術も、何もかもあらゆる方向に完璧に隙がなく素晴らしい。文句のつけようがない。満足度がすごい。奇跡を見ているようだった。

号泣。悲しい場面でもないのに号泣。
音楽と歌と踊りと舞台美術と振り付けと役者さんたちの動き、全てがあまりに素晴らしくて、
「こんなに全てが噛み合う素晴らしいものは人生で滅多に見られない」ということへの号泣。
これくらい素晴らしい舞台を一年に一度見られたとしても、人生でもう50回も見られないだろ計算になるので、やはりすごく貴重だと思う。

時間よ止まれーーーー!!!って心の中で叫びながら見ていた。

 

大貫バート

さすがにもう次回はないかもしれない、最後のチャンスと思って大貫バートを見てきました。

初演は推しのかっきーを見たくて、濱めぐメリー×柿澤バートで2回観たんです。かっきーはかっきーで良かったけど、これは1回大貫さんを見ておけば良かったとずっと引きずっていた。

大貫バート、ようやく見れた。見てよかった。人生で一回でも見られてよかった。やっぱり初演から観ておけばよかった。最高すぎて言葉がない。想像通りのハマり役で当たり役。本人がいました。これは本物ですわ。
濱メリーも本物だった。本物と本物が舞台の中心にいるのでもうそれだけで磁場がすごいことに。

 

原作小説ほぼ未読の人間で設定よく知らない人間が今回の舞台の印象だけを語るんですけど、
メリー、バート、バードウーマンは、不老の人間ならざる者に見えたなあ。

メリーとバートにおねショタの気配を感じた。
バート、昔はマイケルみたいにメリーに世話して助けてもらった子供だったのかなあ。
でももう半分くらい人外になってるように見えたので、メリーに恋をして、人外になることを選んでなっていった系かなあ。

濱田メリー

メリー・ポピンズ…好きだ…うちにも来て欲しい。一家に一人、メリー・ポピンズ。

メリー役、他2人と悩んで悩んで、でも大貫バートと合わせるからやはりこの人、と思って濱めぐメリーにしたけど、大正解でした。正解。
濱めぐメリーと大貫バートで見られてよかった。
演技の噛み合い、空気感。初演から重ねてきた信頼と距離感。

濱メリー、初演で見た時は「歌は上手いし上手いんだけど、なんだか掴みどころがない」と思いました。
今回は、頭うまくて動きはきびきびで完璧なんだけど、なぜか前回よりも初演で見た時よりもずっとよく見えました。
相変わらず奥底は掴みかねるようなキャラで。でもすごく好感を抱けて。
バート役が違うからなのか、濱メリー自体も深まってるのか。

四季退団されてから濱めぐさんの舞台は色々見てきたと思うけど、メリー役は生で見られた中で一番好きかも。私が見た中で一番ハマっている役だと思う。
濱めぐさん、人外の役の方がスケールに説得力があるのかもしれない。

完璧超人の人外メリーが、バートに対する時だけ笑顔が人間的で、優しさと愛情が溢れていて、可愛らしさがあって、ああ完璧に見える人外の存在メリーもそれゆえの孤独とかあったのかもしれない、それを大貫バートが癒しているのかもしれないと思ってこの二人の尊さに号泣した。

濱メリーと大貫バートが、一見おねショタなんだけど並んだ時のバランスがすごく良くて、二人とも相手に遠慮せずに自然体で軽やかに完璧な演技を繰り出し続けていて、これが役にハマるということと相性ってやつかと。

いやでも、大貫バートの動きの抜群の軽やかさがやはり大きいのかもしれない。
長身なのに驚くほど動きも空気も軽やかで、メリーへの好意も軽やかに表に出すから、メリー側も負担なく受け取れるように見えるというか。

バートに少しでも重さや湿りがあったら、人外の完璧超人メリーは人間としてのバートに引け目や負い目を感じて好意を受け取りにくいのかな。
大貫バートくらい影を感じさせない相手だからこそ、メリーも自分のせいで人外になった相手と接していても自分を責めないでいられるのかな。

島田バードウーマン

バードウーマン、島田さんが好きすぎて毎回選んでしまうんだけど、毎回見られてよかった〜〜!!って泣きそうになる。
島田さんの歌にはどうしてあんなにも人を泣かせる力があるんだろう。
「2ペンスを鳩に」って、愛の歌だったんだ。

私の感受性では「バードウーマンに2ペンスをあげてハトの餌を買うこと」がなにを指しているのか、わかるんだけどなんとなく他人に伝えるには言葉にしきれず、ずっと掴み損ねていたことだったんだけど、
シンプルに「他人に愛を与えること」で良かったのか。そうか。と今回思いました。

その他のキャスト全体の感想

メリーとバートはもちろん、バードウーマンやミセスコリーなどメインキャストの人外感が強く、福士ジョージも隙なし感がある中、知念ウィニフレッドの自然体一般人感がちょうど良い軽みになっていて、キャストバランスが個人的に本当に好みの回だった。この回を見られて良かった。

 

わたくし、「地上で頑張る人間達とそれを天上から暖かく見守り愛で包んでいる人外達」という構図の物語が大好きでヘキなんですけど、この日この回のメリポピには綺麗にその構図が見られてとても刺さりました。

 

メリーポピンズは子供達に見せかけてジョージが救われる話と言うけど、ウィニフレッドもミセスバンクスもロバートソンアイも救われてる。
皆が報われて幸せになる話、最高。
音楽も歌詞も脚本も伝えようとしているテーマも良い話、最高。

 

娘と一緒じゃないのが残念だった。将来ぜひいつか娘と一緒に見に行きたい。
一緒に見る機会がなければ、いつか再演されたらメリーポピンズを見るんだよと遺言で伝えておきたい。
でも濱めぐメリーと大貫バートでは見られないかもしれない。
今回見たこの舞台をタイムカプセルにして未来の娘にあげたい。

娘だけじゃなく、夫とも一緒に見たい演目だなあ。今回一緒に見たかったなあ。
以前はメリーが一番共感できるポジションのキャラだったんだけど、今日見たらメリーやウィニフレッドどころか、ジョージやジェーンやマイケルやミセス・ブリルにも共感できてしまった。自分の立場の変化もあるかもしれないけど、あらゆる人に共感しやすい脚本演出になってるのすごいなあ。

 

 

撮影OKのカーテンコール。なにもかもパーフェクトに良かった。

 

 

今日の記憶を大事にさせてもらいます。
最高の物を見せてくださってありがとう。
今回も生きてて良かった。

 

 

映画「ウィキッド 永遠の約束」字幕版感想

<2026/4/11(土) 12:40回 @tohoシネマズ市川コルトンプラザ スクリーン3>

 

ウィキッド映画版後編、ようやく見ました…。(前編の感想はこちら

自分でもびっくりするくらい泣きました………。めちゃくちゃに泣きました。

 

私は前編より後編の方が倍以上刺さりました。嘘やろ…。
ありがとう素晴らしい映画化だった。監督と脚本が神。

舞台版と同じ脚本家(ウィニー・ホルツマンとデイナ・フォックスが共同執筆)による「作者本人による完璧な補筆」と、監督の「私はこの物語をこう解釈したのでこう見せます」という揺るぎない姿勢の合わせ技。ウィキッドの物語とキャラクターの解像度の高さと解釈の深さよ。

そしてその監督の解釈と方向性を忠実に表現できる役者達の演技力。
総合力でボコボコにされました。

ウィキッドってこんな話やったん????こんな話やったんか。

 

舞台版の二幕がパワーダウン感否めないから映画版もそうだろうな、と思っていたら伏線の回収に次ぐ回収と同時に、強すぎる新規の伏線を叩きつけられ続けて号泣に次ぐ号泣でえぐいことになった。

 

映画版と舞台版の違いに関する全体的な所感

映画版は、舞台版にあった行間という名の穴ボコの埋め方が天才すぎた。

舞台版だと、唐突にエルファバがネッサに助けを求めにやってきて「いやなんでそんな急に考え方変わってんねん」と観客が突っ込まずにいられなかった部分を、間に挟んで埋めた場面で全部綺麗に繋げていた。すごい。ありがとう。

まずもう序盤から、舞台では不明だった「指名手配されてる間エルファバはどこでどのように生活し、どうやって戦っていたのか」という疑問に全部具体的な案(解答)を提示してくれていてそれがものすごく良かった。

冒頭、黄色いレンガの道を作るために使役されてる動物たちを解放するためにエルファバが登場したのめちゃくちゃテンション上がったんですが、その後も映画でしかできないアクションシーンをめちゃめちゃ入れまくってて、監督の「舞台ではできないことをしっかり見せます!!せっかくの映画化ですから!!」という気概を感じた。

グリンダ用にピンクの列車が走ってるのも細かくて良かったし、動物達がトンネルを潜って外に逃げようとしているのも良かったし、そこにエルファバの乳母のダルシーベアが再登場したのも素晴らしい伏線回収だった。

エルファバがあのタイミングでオズに会いに行ったのも「グリンダの結婚式なら国中の有力者が集まるから」って理由づけしたのすごい。本当にすごいよよく閃くよ私には思いつかなかったよ!!!!

そしてグリンダ、フィエロとの婚約中ではなく、本番結婚式の最中で何もかもがぶち壊しされるという…舞台版よりも酷い。破壊された結婚式場で一人佇むグリンダの絵とか。そりゃあれは辛いよ。天才だよ…。

一幕(前編)は、舞台版をすでに文句のつけようのない「完璧」なものと思っていたので、「補足は悪くなかったけど元々の完璧なテンポが冗長になってしまったなあ」と思っていたんだけど。

二幕は逆に舞台版が完璧でなかったので、よくここまで補足して物語を完璧にしてくれたと思いました。

後編は前編よりコメディ色は薄まってたけど、その分キャラクターの辛さやしんどさと運命をしっかり描いて、物語を舞台版よりきっちり描いてた。

チュウ監督、キャラクターと物語というものに対してなんて誠実なんだ。真っ向から物語の解釈と構築に挑んで全て成立させていた。すごい。

舞台版より更にビター度が増して、大人向けの物語になっていた。

コメディ色が薄くなったのは賛否あるかもしれないけど、よく考えたら作中でネッサは亡くなっていて、それはどう解釈しても動かしようがない事実なので、大切な登場人物が一人亡くなっているのだから、後編は全体的に重く苦めにしたの、私は正解だったと思うし個人的に好き。

 

フィエロとエルファバ

「二人は永遠に」、こんなこと歌ってる曲だったの!!!?????って今回本当に…目から鱗をバリバリに落とされまくってもう…私は今まで何を見ていたのか????何も見えていなかったのか?????
エルファバもフィエロもこんな…こんな、心中前のカップルみたいな心境で歌ってたの!???

心中というか、駆け落ちして、でもすぐにまた自分達は離れ離れになることを自覚した上での刹那の恋の歌だったの…!!??
英語の歌詞を何も理解しておらず四季歌詞だけで聞いていたせいで、字幕見ながら英語歌詞聞きながら映像見ながら聞いてたら新規情報量が洪水のように怒涛。

エルファバとフィエロ、二人とも「自分はもうすぐ破滅する、死ぬ」みたいな未来見えてて覚悟キマってる中で、必死に相手に手を伸ばして求めて今手に入れたこの奇跡のような一瞬を愛し合う、みたいな情緒なんですよ。
大学出て数年の若者同士がなんでこんな境遇なんだよ!??と思うけど、よく考えたらそんな境遇なんですよね…。

グリンダも、ネッサも、ボックも、言われてみたらみんなそう。映画に描かれている通りの境遇なんだ。舞台版はコメディ色に包んで柔らかくしていたところをむき出しにして正面から描いたらこうなるんだ…。辛い。

シンシアエルフィーの「二人は永遠に」と「闇に生きる」、凄すぎて、頭をぶん殴られてしばらく戻ってこられなかった。

 

ジョナサンフィエロ

フィエロって、今までエルグリの間に挟まる邪魔な人、フィエロがいなければエルグリは仲違いせず手を取り合う未来があったかもしれないのに!!と思わせられることが多い存在だったんですけど、ジョナサンフィエロ、そのルートを真っ向から否定する存在で目から鱗。

シンシアエルフィーとアリアナグリンダがキャラクターを強固に確立させていて、「二人は何があっても別れる運命だったんだ」と思わせられることが前提なんですが、映画版では「フィエロがいてもいなくても、エルグリは結局別れることになったんだろう」と思わせられた。

なので、フィエロは純粋にエルファバの魂を救うための存在、それまでずっと報われなかったエルファバの望みを叶えて愛を与えてくれる救いになっていて、この物語にもエルファバにも救いとしてフィエロは必要だった、フィエロがいてくれて良かったと思った。フィエロによる救いがこんなにも鮮明に見えて、こんなにありがたく痛感したの初めて。

フィエロ、女性二人の間でフラフラしているどころか、エルファバに会ってからずっと運命を感じて焦がれつつ、グリンダの孤独や愛を欲しがっている魂にも寄り添って、(エルファバを見つけられず、彼女を幸せにできないことが確定ならば)自分にできることはしよう、与えられる幸せは与えようと、自分を殺して精一杯の誠意で世界やグリンダに献身しようとしていて、でも「エルファバと再会する」という一縷の望みは捨てていなくて、そのために手段は選ばずあらゆることをしていて、その上で「もしエルファバが見つかって、彼女も自分を求めてくれたら、その時は自分はこうする」という、あらゆる覚悟が後編冒頭からキマっているように見えた。
後編というか、前編でエルファバと一緒にライオンを逃した時から徐々にこういう気持ちになってて、彼女がオズに反旗を翻して出奔したという報を聞いた時に内心決まったんだろうなと。

私こんなフィエロを見たかったんだよ!!!!こういうフィエロが見たかったんだよ!!!!!!

「二人は永遠に」って、舞台で見てると甘くて二人の世界で、役者によっては退屈になったりちょっと直視できない空気になったりすることもあったけど、シンシアエルフィーとジョナサンフィエロのこの場面は、もう甘さとかそういう次元の話じゃなかった。

文字通りの「二人はこれから永遠に一緒❤️」ってハート飛んでる頭お花畑状態では全くない。
「(これから離れ離れになってお互い破滅して肉体は死ぬだろうが、魂だけは)二人は永遠に一緒」っていうだった。悲壮。

「今この一瞬しか一緒にいられないけど、魂は永遠に一緒にいられますように、たとえ死んでも心はずっと君を愛しているよ」っていう反実仮想の歌になっていて、本当にやられた。泣いた。ましかばまし。

私レミゼのグラアンがずっと好きなんですけど、ジョナサンフィエロがグランテールと同類。
人生や世界に膿んで飽いてる虚無的な享楽主義者で、エルファバの信念や魂のあり方そのものにどうしようもなく惹かれて愛して、その人に自分の全て、命を捧げる覚悟ガンギマリで行動するキャラ、好きすぎる。(Rの覚悟の決まり方の程度については舞台版では役者さんによります。ガン決まっているのは私の脳内Rの話です)

それまで人生の目的を見失っていた享楽主義者を装う実は有能イケメン王子様が、本当の愛に目覚めて、汚名を着せられて一人闘うヒロインの本当の姿を認めて愛と献身と命を捧げてくれるって物凄い夢。こういう夢が見たいんだよ庶民は。

そしてこの文脈で歌われる「二人は永遠に」、破滅の予感がひしひしとする中での情交で、実際フィエロはこの後カカシになってしまって二人が肉体的に結ばれることはこの後二度とないのだろうという展開の中で実際人生ただ一度きりの行為になっているので、儚さと美しさと納得が激増。「あの時二人が一度だけでも結ばれていて良かったな」と観客に思わせる。すごい。同じ場面の感想が舞台と映画で真逆になる。

物語の組み立て方と見せ方が本当に上手い。全ての場面を舞台版より一層効果的に、必要不可欠にしている。

 

ネッサとボック

この二人の補足が丁寧で、心境と態度の変化が舞台版よりもすごくわかりやすくなっていた。

動物の移動禁止令にネッサ一人が抗っていたのにまず感動。ありがとうありがとう、そうネッサは本当は心優しい正しい子なんだよ…。

そしてボックがそれを支持していたのに更に感動。ありがとうありがとうありがとう、そうなんだよボックは本当は心優しい(略(泣きながら

「ネッサ、これが最後じゃないからね」の台詞。ボックのこの言葉にも号泣した。
何を食べたらこんな人を泣かせる追加セリフを思いつけるのよ。
後編、ことごとく裏切られる儚い夢と希望の伏線の追加の仕方が全部うますぎる。

そして、そこからボックが離れていく気配を察知したのをきっかけに、ネッサが動物移動禁止令に署名して追加でマンチキン人の移動も禁止するという流れ、あまりにも完璧な肉付け。だから何食べたらこんなの思いつくんだ。これが原作者の発想力か。天才すぎる。
「大学生の頃に戻りたい」の一言に抉られすぎた。
ボックも舞台より良いキャラになってた…ネッサのそばに居たのはちゃんと彼の優しさだった。

ネッサが「私に残された時間は短い」みたいなことを言い出した時には、
「なんでまだ若いのにそんなこと言うの!!??なんで自分が早逝するなんて思ってるの!!??」

という若干の違和感を抱えつつ、しっかり号泣させられました。
もうすぐ死ぬキャラにこういうこと言わせるの本当にやめてよお!!

 
 
 

 

オズとモリブル

なんかもうオズの悪事とモリブルの共謀だけでこんなに登場人物が全員不幸になることある????というくらいドミノ倒しに不幸が起こっていって、何故なんです???

原作のオズの魔法使いってそんな非道な話だったっけ!!???信じて頑張れば夢は叶う的な話じゃありませんでしたっけ!!???とツッコミを入れたくはなるけど、私はこの味付けのウィキッド、めっちゃ好きですね…。

元々「ポピュラー」とか「ワンダフル」とかが特に好きで。初見時、含蓄がある皮肉な歌詞に衝撃を受けたので。

アメリカという国を風刺している物語だし動物達は先住民や黒人達かなと思っていたんですけど、なんか今回列車移動禁止されてたくだりを見て急にナチ政権下で移動を禁止されたユダヤ人に見えてしまい、グロ度が鮮明になって辛さ倍増。
言葉を奪われて迫害されて、国外逃亡できた人はいいけど、国内に残った人達の末路は、檻(指定居住区)の中に入れられてそして最後は…確実に殺されるやつやん…逃げた人達が正解やん…てなるやつ。うぐうう。つらすぎて映画館でうめいた。

なんでそこまでして国民を操作しないといけないの??オズ、今他国と戦争でもしてるんか??と思ったけど、別に戦争してなくても権力者自身の知られたらマズイ事実や不利なことから国民の目を逸らさせるために何かするなんてこともそりゃありますねそうですね…と思うと、愛嬌のある軽口おじさんオズ陛下が急にとんでもない腹黒の巨悪に見えてきますし、よく考えたら実際そうなのかもしれない。

オズとモリブル、ヒトラーとゲッベルス…?いや、もう、地獄の解像度が。解像度が辛(個人の感想です)。

ディラモンド先生

最後に出してくれて学園に戻してくれて本当にありがとう…(舞台版一番の心残りは先生の退場の仕方だった)
動物達も戻してくれてありがとう……。

 

エルファバとグリンダ

結婚式の前に、エルファバをグリンダに会いに行かせてくれてありがとう。(会いたかったんだね…)

グリンダに、「一緒に来て、二人ならなんでも出来るわ」と、エルファバに手を伸ばさせてくれてありがとう。(前編では握り返すことが出来なかった手を、ようやく自分がら差し出すことができたんだね。あの時はまだ未成熟な学生だったけど、ようやく窮地にいる親友を自分が助け出せると思えるくらいの地歩と実力を自分が備えたと思った今、グリンダがちゃんと言葉にしながら手を差し出したことが救いだった)

グリンダの成長と覚悟が決まる場面が舞台版より随分遅かった。映画版ではグリンダが覚悟を決めたのは黒いブーツと黒い外套を身につけて馬に乗って駆けた時、なんならfor goodでエルファバを永遠に失った時に、ようやく本当に覚醒したように見えた。

お互いに何度も手を差し述べあったのに、それでも届かず結局分かたれてしまった運命が、グリンダの、大切な親友を本当に永遠に失うまで成熟しきれなかった精神の幼さの報いにも見えて、この遅さも好きだった。本当の絶望を知った時に、人は本当に覚醒するのだと。

for goodの「あなたの目ではなく、みんなの目で私を見て」という残酷な言葉。

「真実を見るのではなく、世間が見ているものを見て、彼らが望むものを察して与えてあげて」という。

今までグリンダはずっと地位と名声と大衆からの愛を欲して、自分から望んで「人気者」を演じてそれらを得てきたけれど、

これからは自分がたとえ望まなくても、「人気者」を演じて、その役を果たして、大衆に希望を与えて彼らを操作し続けなくてはならない。

グリンダは「完璧な自分という外面に釣り合う完璧なペアになれる相手」として打算でフィエロを欲していたけれど、彼女の魂がその性質に本当に惹かれて愛して欲していたのはエルファバなんだろうと、前後編通して見て思った。

「友達」がグリンダ一人しかいなかったエルファバは、グリンダという存在が自分にとっていかに特別で大切か最初からわかっていた。だから前編からずっとグリンダに手を伸ばして、一緒に来てと言っていた。

でも「友達」と呼べる存在が表面上多数いたグリンダは、エルファバが自分にとっていかに不可欠な存在か、心の底ではわかっていたはずなのに、for goodまで、決定的に相手を失うことになるまで、気づいて認めることが出来なかった。という流れなのかなあ。

「for good(あなたを忘れない)」と「As long as you are mine(二人は永遠に)」、エルグリとフィエエルで同じこと歌ってる歌ったんだな。「離れても永遠にあなたを愛してる」って歌。

最後にエルファバに「アイラブユー」と言わせて、グリンダにも「アイラブユー」言わせてくれてありがとう。全世界のエルグリオタクの夢を叶えてくれてありがとう。それを聞きたかった。それが聞きたかったんです。ありがとう…。

 

ラストシーン、グレムリーのページがパラパラと動いていたのは、私は「グリンダが魔法を使えるようになる兆候」だと読みました。そうだったらいいな。

描かれてないけど、この後魔法を極めた覚醒グリンダが、エルファバを見つけ出して再会して、二人で一緒にグレムリーを研究して、かけた魔法を解除する魔法を見つけ出す未来もあり得ると思う。

「二人一緒ならなんだって出来る」し。

グレムリーを残した伝説上の魔女は二人組だった。

「ウィキッド」の現在軸の物語の中で、魔女はエルファバ一人しかいなかった。(途中ネッサが魔女になりかけたけど、魔女として覚醒はしないまま亡くなったからノーカウントとして)

じゃあグリンダがこれから本物の魔女になって、エルファバと一緒に「二人の魔女」になったら、きっとその時本当にグレムリーの全部を解き明かして世界をもっと良い方に変えてくれるよ!!!

そうなるって信じてる!!!今決めた!!!空想は自由!!!!

 

 

私が死んだら棺桶にはウィキッド映画版のBlu-ray前後編セット完全版も一緒に入れて燃やしてください…。あの世で永遠に見ます。

神様、私をウィキッド映画版の存在する世界に生み落としてくれてありがとう。この世界線に生きれられて良かった。

 

宝塚雪組「ボー・ブランメル〜美しすぎた男〜」感想

<2026/1/24(土)15:30公演 S席2階14列30番台後半 @東京宝塚劇場

前回の「ISSA in Paris」でこの製作陣なら世界初演でも大丈夫だろうとチケット取ったらなんとも言えないものを見せられて困惑していたので、

今回も生田大和&ワイルドホーンに対する信頼でチケット取っていたものの、B級感が漂う副題に若干不安を感じつつ、いやでも信じてるぞ生田&ワイルドホーン!!という気持ちで観に行った「ボー・ブランメル〜美しすぎた男〜」。

以前、特に期待せずに観に行った同じ雪組の「ひかりふる路」が個人的に宝塚好き演目ベスト3に入る不意打ちの名作だったので、それの再来なるか…!?このサブタイトルでは無理か!!?とチケットを握りしめてハラハラしてました。

 

結果。

信じてよかった生田大和ーーーーー
生田大和ーーーー!!!!!!
もう声を大にして言うけど、今の日本の脚本演出家で私が一番信頼しているのは生田大和です。
前回のホームズ見た時から薄々思っていたけど確信。

生田大和は!!!裏切らない!!!!

 

いや私ミュージカルしか見てないのでストプレにもしかしたらもっとすごい人いるのかもしれないのですが、偏った知識でものを語りますが少なくとも私が見ている範囲のミュージカル界隈ではもう圧倒的に生田大和を信頼します。
演出も脚本も見せたいものが明確で、その方針が私自身のものとかなり一致している。信頼!!!!!

サブタイトルが「美しすぎた男」だし正直今回は凡作か駄作か…?とこわごわしていましたが、なんのなんの。
「ひかりふる路」ほどの衝撃と感動はなかったけど、むしろ史実からの脚色やキャラクター付けはひかりふる路より上手くなってると思った!!
傑作ではないけれど、個人的には良作判定!!

 

正直、前半は

「内容がないよう!!

どうしよう!!!舞台の美しさを楽しむしかない!!

視界に圧倒的物量美を捩じ込んでくることで視覚から無理やり快楽を感じさせてくる宝塚の暴力すごい!!

内容がない舞台なのに、音楽と演出と衣装がよすぎて虚無になりようがない!!!

とか思っていたんですが、

主人公のブランメルが、エリザで言うところの「魂の自由」みたいな曲を歌い始めたあたりから一気に話も面白くなった。
あ〜〜〜生田くんこれがやりたかったのか、これを見せたかったのか、わかる〜〜こういうキャラ好きだよね萌ポイントなんだねわかる〜〜〜!!!と心の中で独り言止まらなかった。

 

生田作品に感じるのは、天才性より職人性。
トップスターさんに合わせた当て書きをしなければいけない状態で、「この人ならこの役が合うだろうな」という素材を探してきて、きっちり魅力を引き出しつつ、自分も書いてて楽しそうな萌を詰め込んだキャラクターと脚本を作り上げることの上手いこと上手いこと。

正直この素材でよくここまで面白い脚本を考えて綺麗にまとめあげたな!!!と思っちゃった。生田大和天晴れ。

 

生田くん、今私生活幸せ絶好調だろうから、お話の結末をハッピーにするのかビターにするのかも興味あったけど、なるほどそうきたか〜と非常に納得のいく落とし所。

 

以下ネタバレ

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