黄金羊の観劇記

観劇・映画・読書の感想を好き勝手に書いてます。東宝・宝塚・劇団四季中心、海外ミュージカル(墺英米)贔屓、歴史好き。

劇団四季「ウィキッド」2023年11月東京公演感想

<2023/11/11(土) 13時公演 S席2階7列50番台前半 四季劇場秋

 

ウィキッド、ミュージカルの傑作中の傑作。全人類見てください。

もともと社会学に興味があり、世論の形成とか本音と建前とかは個人的に大好きなテーマ。
そこを直球でこんなにわかりやすく描いている作品はないと思う。ウィキッド、勉強のために子供たちに見て欲しい。

 

私、今までウィキッドUSJと大阪と東京とロンドンで見たことがあり、特にUSJと大阪には通いまくったので、合計では何回見たか覚えてないくらいの回数ウィキッド見てるんですけど、この日の舞台が今まで見た中で一番良かったです。

今まで見てきた素晴らしい舞台が頭と胸の中にあり、特に沼尾グリンダへの思い入れが強い私は、この日観劇前は「昔見た素晴らしい舞台よりは感動できないかもしれないけど、大好きなウィキッドを見られるだけで幸せ」という気持ちでいました。正直言うと、そんなに大感動を期待してはいなかったんです。ところがどっこい。

昔より更にパワーアップしていた。

進化を目の当たりにした。

ウィキッド、今までも十分素晴らしいと思っている大好きな演目だったのに、好きになって10年以上経って見て更にこんなに素晴らしく、新しい解釈と物語をたくさん与えてもらえるなんて。あんなに素晴らしかった所から更にこんなに良くなることあるの!?と驚きました。こんなに伸びしろのある演目だったなんて。演じている役者さん達のウィキッド愛に嬉しくなりました。

 

今まで見たキャストさんも良かったけど、この日のキャストは、歌も演技も良くて、脚本の穴を埋めてうまく肉付けして、キャラクターを演じるというより、舞台の上でそれぞれの人生を生きていました。

一幕は前から完璧だと思っていたけど、やはり完璧だった。隙がない。演出、曲、脚本、キャラクター、すべてが素晴らしい。
けれどこの日は二幕も素晴らしかった。パワーダウンすると思っていた二幕がまさかのパワーアップ。ウィキッドの二幕をこんなに食い入るように、一瞬も退屈せず、集中して楽しく見られたの初めて。

 

●小林エルファバ

「魔法使いと私」ではまだ調子が上がりきっておらず、うーん?という感じだったのですが、「私じゃない」あたりで素晴らしくなり、「自由を求めて」で完全に覚醒。素晴らしすぎた。鳥肌。あんなに歌も演技も滑らかなエルファバ初めて見た。濱ファバを生で見たことがないからわからないけど、こばファバの歌と演技のパワーすごかった。エルファバがレリゴーしていた。ああエルファバは自由を求めたんだと、タイトル通りのことを思った。

すべての台詞、言葉が自然で生きていて魂が宿っていて、一つの場面、一曲の中で、エルファバがどんどん解放され、テンションを上げ、覚醒していくのを目の当たりにして震えた。
こんな…こんな曲だったんだ!!!(衝撃)

「自由」という言葉が特に耳に残り響いた。
そうか、エルファバは何より自由を重んじたんだな…。

小林さん、たぶんめちゃくちゃ歌が上手い。うますぎて曲を軽々歌いこなしてるから、音程も言葉も耳に引っかからずに滑らかに聞こえる。そして歌を余裕で歌えるからこそ、歌詞に気持ちを乗せたり、細かい演技を追加する余裕があるのかな。すごい。

「一緒に来てグリンダ」がかつてないほどプロポーズで、一世一代大決心の申し出だった。
この申し出をグリンダが断った理由についてはずっと解釈し続けていて、まだファイナルアンサーが出ません。

 

二幕でエルファバがネッサの所に助けを求めに来て、足を治してあげたと思ったら、さっさと「あなたはもう一人でやっていけるでしょ、これ以上私に何を求めるの」と言い残して去っていった件、今まで意味不明だったんですが、今日はボックの「グリンダがフィエロともうすぐ結婚する」という台詞を聞いて、それでボックと同じようにエルファバも、フィエロが結婚する前にもう一度会いたくて、だから急いであの場を出ていったんだなって思いました。

この解釈で合ってるかはわからないけど、今までは「いや何しに来たんですか!!?助けてもらいに来たんじゃないの!?言ってることめちゃくちゃじゃない!!?」という気持ちだったのが、これでストンと腑に落ちたな。

 

 

●富永フィエロ

めちゃくちゃ良かった…はじめてフィエロの行動にしっくり来た。

最初は台詞の滑舌が良くない気がしてそれが少し気になったけど、それより更に、登場時ダウナー系空気がすごくてビックリした。

「楽しく踊ろうぜ」とか言ってるのに本人全然楽しそうじゃない。いや楽しそうにしてる周りの人達みんなフィエロの顔見て!?表情死んでるが!!??死んでる顔面で明るい音楽に合わせてキレキレに踊ってる姿、異様。

登場時からスターダストダンスホールまでずっと厭世的な雰囲気で、エルファバとのライオンとの場面あたりから急に変わり始めた。生気が宿り始めた。
二幕の冒頭で真面目になってた。
り…理想的なフィエロだ!!!?!?

そして冷静にひどい。あまりにも酷い。
自分が結婚適齢期からその後を過ごして改めて思う。フィエロのやったこと、最悪最低。

ずっと自分を騙して婚約してて、実は違う女を愛してて、その相手と駆け落ちして自分を捨てるって。二人とも八つ裂きにしたいでしょこんなの。ここまで酷いことをされても、エルファバのことを心配して、許してるグリンダ、聖人か?グリンダだから耐えられたけど、人によっては発狂してもおかしくないと思う。

エルファバをこっそり探すにしても、他に取れる手段は何かあったでしょ。少なくとも、自分はグリンダよりエルファバのことが好きだと自覚した時点で、それをグリンダに告げて綺麗に別れることもできたし、そうすべきだったよフィエロは。グリンダの心と立場をズタズタにした二股クズ野郎です。それは変わらない。

でも二幕の「許してくれ、グリンダ」の言葉が本当に良くて。こんなに響いたフィエロエルファバグリンダの三角関係も初めてだった。

 

「エルファバと一緒に行きたい(=愛している)」と言い出したのはフィエロで、エルファバじゃないんですよね。
むしろエルファバは一幕でグリンダに「一緒に行きましょう」と差し出した手を拒まれている。そんなエルファバにフィエロは「僕はエルファバと一緒に行く」と言って、彼女の手を掴んだ。こんなんそりゃエルファバは嬉しい。私がエルファバだったら号泣する。グリンダに振られた、応えてもらえなかったエルファバの悲しみを、フィエロは救ってくれたんだ。

世界中を敵に回してる世界でひとりぼっちの自分を、生まれて初めて世界で一番大切にしてくれた人。他の全部捨てて自分を選んでくれた人。そんなん愛するよ。

なので「二人は永遠に…」の説得力もすごかった。世界に二人だけの究極の愛だった。そしてフィエロもエルファバもそれで幸せなんだと伝わってきた。もうこんなん…仕方ないよ!!!って泣いた。

脚本上は、フィエロとグリンダの愛はお互いをお互いのトロフィーにしている見栄のための打算的なもので、フィエロとエルファバの愛こそが本物の愛、となっていて、それをそう感じられれば、(実際にフィエロがやったことが二股クズ行為だとしても)観客も感情的には物語に納得できる。
今日は納得できた。ありがとうありがとう。フィエロが素晴らしかった。

エルファバはきっとフィエロが女性でも、自分の手を取ってくれなかったグリンダより、全てを捨てて自分と一緒に来てくれたフィエロを選んで最後一緒に退場するんだろうな、と納得できる物語だった。

生まれた時から母はおらず、父に疎まれ、妹とは(状況を思えば奇跡的なほどに)最初は仲良かったけど仲違いして、親友だと思った相手も一緒に来てはくれなくて、という人生の中で、フィエロ大きい。こんなの嬉しい。私がエルファバだったら死ぬほど恋に落ちる。すごい納得した。

この、エルファバからフィエロへの深い愛にこれほど納得できたのも初めてで、その後のエルファバの闇落ち、フィエロを救う為になりふりかまわず豹変する流れも納得でしかも手に汗握るもので、もう、おわかりいただけますか私が今回のウィキッドにどれほど感動したか!!

 

 

●中山グリンダ

中山グリンダは沼尾グリンダほどの腹黒さ、賢さは感じなかったな。
可愛い声と可愛い所作の人気者の女の子、ちょっと狡猾でちょっと建前の使い方が上手で世渡り上手。
沼尾グリンダほどの強烈なインパクト&凄い存在感ではなかったけど、歌も演技も滑らかに上手くて満足!!!等身大の女の子といった感じでした!!

グリンダにも、エルファバと同じ「歌と演技の滑らかさ」を感じた。なんでだろう。四季特有のくどめの発声じゃなくなってたのかな?それがすごく良かった。

 

この10年の間にFacebookやインスタができてまたわかりやすくなったけど、グリンダは見栄と建前のキャラなんですよね。オズの世界にインスタがあったらきっとキラキラ生活をアップしてた。

表面が理想的なキラキラ生活であることを、内実よりも重んじる。
だからフィエロとの帰結はそんなグリンダの因果応報なんだけど、それでもグリンダなりにフィエロのことを一生懸命愛そうとしてて、たぶん本当に愛してもいた。
でもエルファバとの友情の方が、感情はより重くて真実だった。そういうキャラが私の理想。

 

グリンダは2幕でめちゃくちゃ成長した。フィエロの二股の件は観客から見ていてもフィエロが悪すぎる、婚約話を勝手に進めたのはグリンダも良くないけど、それにしてもグリンダはやはり圧倒的被害者なんですが、
1幕で彼女はネッサやボック、エルファバを建前で騙して自分の思惑通りにことを進めてきた。その因果応報なんだなって感情的には納得できた。これも初演から脚本上ではそうだなと頭ではわかっていたけど感情的にはあまりそう思えていなかった点!!今日はこの流れに乗れた!!(そういうことが本当に多かった)

何よりフィエロの件は、それまで可愛い顔と上手い建前で上手に世渡りしてきたグリンダの人生初めての決定的痛恨の打撃で、だからこそ彼女はその失敗ですごく成長した。それが見ていてわかった。各登場人物が色々な失敗をして、それを糧に学んで成長していく舞台だったウィキッド

フィエロに捨てられていなければ、人生全てがおおむね思うまま進んでいれば、グリンダは成長せず、1幕の大学生時代と精神的にあまり変わらなかったと思う。だからあの痛みはグリンダというキャラクターに必要だったんだ。
今までフィエロはクソ、なんでこんな脚本にしたんだ、と今まで思っていたけど、今回はこの脚本が素晴らしいんだと思った。フィエロ…今までクソだと思っていてごめんな…いややっぱりフィエロはクソなんだけど(どっち)、脚本上グリンダに痛みを与える必要はあったんだな…。

 

グリンダはやはり私のミュージカル観劇史の中に刻まれたキャラクター。

頭空っぽの可愛いブロンド娘、意図的なぶりっ子、ならよくいる。
可愛くて賢くて意地悪な娘、もよくいる。
可愛いぶりっ子ブロンド娘で、賢くて世渡り上手で、目的の為に建前をうまく使い、偽善だけど皆が幸せになる行動をするキャラ、は見たことがなかった。

何度見ても嬉しくて感動する。いじめられっ子はいじめに気づかないまま、逆にいじめっ子から「与えられた」と勘違いしたままいじめは終わり、いじめっ子はいじめていた子から差し伸べられた手に自分の行いを反省し、いじめていた相手に寄り添い、自分がいじめずとも孤立していた相手を集団の仲間に引き入れ、相手の魅力を引き出し輝けるようにアドバイスするようになる。いじめなんて起きないに越したことはないけど、もしいじめが起きるしかないなら、現実のいじめもみんなこうだったらいいのに、こんな風に解決してくれればいいのにと泣いてしまう。

グリンダのキャラクターを造形して舞台に乗せてくれてありがとう製作陣。本当に本当にあの子が好き。

グリンダとエルファバが、自分にとっては簡単で小さなことで、でも相手にとってはとても難しく大きなことを、お互いに交互に何気なく施し合うことで、お互いに良いように変わっていく一幕の流れ、何度見ても神。

そしてそれが最後の「あなたを忘れない」の「私を変えてくれたの」という一言にすべてが凝縮されている歌詞と脚本のうまさ。うますぎる。

グリンダがネッサにボックをあてがう流れ、永遠に好き。
ボック…なぜネッサを好きになってくれなかったボック…確かにグリンダは魅力的だしわかる、わかるけど君があの健気で可愛いネッサを愛してくれさえすればすべてがハッピーにまとまる未来もあったかもしれないのに…!!(永遠に言う)

 

 

●エルファバ、グリンダ、フィエロの三角関係

私今までウィキッドはエルファバとグリンダの物語だと思っていて、でも富永フィエロを見て、これはエルファバとグリンダとフィエロの物語なんだな、と初めて思えた。

確かに脚本上フィエロはそれくらい存在感のあるキャラクターであって欲しかったけど、ウィキッド初見からエルグリちゃんの衝撃と尊さと二股絶許の精神から脳内でフィエロは空気になりがちだったんですよね。

この舞台で、エルファバの運命の相手はグリンダだけど、長い人生の伴侶として選ぶ人間はフィエロなんだな、そりゃそうだ…って初めて思えた。ずっとエルグリ過激派だったのでこれは大変化な気がする。

ファンタジーとして、カップリングとして、コンビとして考えた時に好きなのはエルグリなんだけど、現実的にエルグリを考えたら、エルファバとグリンダは、二人とも才能があり意志が強く自分の才能を活かして生きたいと思っている凸女で、一方フィエロは厭世的で一人では楽しいこともないので自分の背骨になってくれる人を応援して支えるタイプの、地位もお金も漢気もある高身長イケメン凹男。

そりゃエルグリ二人とも、毎日の生活での相性はフィエロとの方がいいんだろうなあ、と推測できる…一幕ラストでついていけなかったグリンダに想いを馳せる。
エルファバについて行ったら、少なくとも当面は自分は影になって生きるしかないし、それは…できないよね…できないのがグリンダなのかな。と、今回ようやく思えました。

 

 

●演出

細部が変わってました。

ライオンが尻尾を引っ張られた時、前は鳴き声しかなかったのに、今日は「怖いよー!!」って音声が追加されてました。

あと、二幕でグリンダが「私の前であの子の悪口を言わないで」みたいなセリフがあって、それもたぶん今回からの追加。

 

●舞台全体の印象

一幕は大学生の物語で、二幕は大人の物語だった。
「完璧な人じゃないってわかってる」
「私が彼の理想じゃなかったの」
一幕ではみんな完璧になりたがって、誰かの理想通りになりたがって、いつか「完璧な理想」に辿りつけることを夢見て求めた日々だった。

二幕でみんな大人になった。完璧な理想通りにはいかない現実、戦っても敵わない敵、叶わない願い、折れる心、でも諦めず挫けない、不完全で不器用で不自由な大人たちの物語だった。

 

今回の舞台、脚本通りだったんですが、「この脚本を完璧に舞台の上に出現させるとこうなる」というような、理想的具現化でした。
台詞が全て生きていて、感情が乗っていて、本物で、だから一つ一つの意味が理解できて、胸に沁みて、無理がなくて、自然で、流れがよくわかって、感情移入できて。

二幕をこんなに素晴らしいと感じたのは初めてだった。穴も欠点も感じなかったし、時間が秒で過ぎた。「闇に生きる」がショーストップ並みの気迫だった。
エルファバもフィエロもグリンダも、何を感じ、何を考え、だからどう行動したのか、と分かりやすかったし皆に共感できた。

オズの魔法使いも、モリブル先生も含め、登場人物全員、良い所も長所も悪いところもある、つまり人間だった。皆不完全で、皆間違うし失敗するし悪いこともする。でも仕方ないと思えるし共感できるし応援もできるし歯痒いし切ないし。

人生だった。ウィキッドは人生。人生を見ました。

 

●2階端っこS席で観る時に神舞台に巡り合うことがままある

今日の席は、2階後方の端っこS席でした。
チケットを取ってくれた同行のフォロワーさんは「あんまり良い席じゃなくて申し訳ない…」と言ってたけど、私は見られるだけで僥倖だと思っていたし、何より実は一つ胸に思うところありました。

私が過去にものすごい衝撃を受けた再演月組グランドホテルと初演フランケンシュタイン、実はどちらも2階S席のサイドで見ていたんです。
どちらも、チケットを取った時は、観劇前は正直「あんまり良い席じゃないなあ…残念…」と残念に思い、あまり期待せずに2階のサイドよりの席に座って見た舞台で、脳にガツンとくる衝撃を受けた。
あまりの感動で、どちらもその後リピートチケットを取り、一般的に良席と言われる1階中程センターでも見ましたが、初回の衝撃は越えなかった。どちらの舞台でも。

たまたま初回観劇した日に熱量のある舞台に当たったのかもしれませんが、舞台の見え方や自分の集中力にも違いや要因があるかもしれないと思いました。

なので、今回2階S席の端っこだったけど、だからこそ自分の中では良い観劇体験になるかもしれない…と、ちょっと思ってはいました。
でもまさか散々見てきたウィキッドで、新たにここまで深い感動体験をするとは思いませんでした。これだから観劇趣味はやめられない。舞台は進化する生き物。面白い!!!

 

劇団四季初演版。伝説の濱田エルファバ×沼尾グリンダ

 

↓ブロードウェイ版。伝説のイディナエルファバ×クリスティングリンダ